過去01

僕はアメリカに来る少し前に、ある英会話学校に短い間通ったことがあった。そこで平日の午後1時頃のクラスを取っていたのだけれど、その当時は学校ができたばかりで、僕はたった一人の生徒だった。先生はカナダ人の女性で、とても綺麗だった。彼女は僕にとって始めて出会った、白い肌や濃い茶色の髪や青空みたいに透き通った目を持つ女性だった。

授業時間、僕と彼女はいつも閉め切った部屋で二人きりになった。はじめに彼女は英語での挨拶や自己紹介の仕方を僕に教えた。そしてその日、彼女は積極的に僕の手を取って何度も握手をした。

しばらくすると、僕には彼女がブラジャーをつけていないことがわかった。なぜなら彼女が頻繁に立ち上がり、僕のすぐ目の前にかがみ込むようにして、バックの中から辞書や教科書を取り出す仕草をしたからだった。彼女の黒いブラウスの襟から二つの白い乳房が柔らかく垂れて揺れているのがはっきりと見えた。それは彼女が僕と打ち解ける為に意図的にやっているようにも思えた。彼女は不自然なほど友好的で積極的過ぎるように思えたし、二回目の授業からは欠かさずにブラジャーを着けてきたからだ。

彼女が笑うと、その薄く小さく形の良い唇はとても大きく広がった。そしてそれはいろんな表情や動きをした。それは僕にはとても新鮮に映った。唇というものは、ただ単に上下に開いたり閉じたりするだけのものだと思っていたし、実際その時まで、そんな動きをする唇を真近に見たことがなかった。そして彼女の濃く長いまつげに縁取られた大きな青い目を見ていると、僕はめまいがして、いつの間にかその中に吸い込まれ、自分の脳味噌が心地良く溶け出していくような感じがした。

そんなに美しい女性を目の前にしていたにもかかわらず、僕はそれほど彼女に夢中にはならなかった。彼女のことを想いながらマスターベーションしたことは何度もあった。ビデオレンタルに行くと、「淫乱英会話教師の個人レッスン」みたいなタイトルのビデオがあって、それを借りようか迷ったこともあった。(それを見たら授業が受けにくくなると思って、結局借りなかった)でもそれはそういう次元の話でしかなかった。

僕には当時、他にもっと好きな女性がいたのだ。そしてその頃の僕は、他人とどうコミュニケーションをとってよいか良く分かっていなかったし、ましてや外国人と英語で会話することは単にストレスの溜まるものでしかなかった。

約1ヶ月の間、週3回彼女のレッスンを受けたけれど、僕は最後まで彼女に対してうまく話すことも、心を開くこともできなかった。

それにも関わらず彼女は、やさしく忍耐強く親切で変わらない親しみを込めて僕に接してくれたし、僕がアメリカに来た後も何度も手紙を書いてきてくれた。彼女は僕なんかとは比べ物にならないほど成熟して安定して穏やかな心を持った人間だった。でも僕はその当時、彼女にはあまり心引かれなかったし、彼女の性質がどんなに価値があるものかも解らなかった。でも今それが解ったところで、僕はもう取り返しがつかないほど彼女から遠ざかってしまった。

 

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