自分の記憶をたどっていくと四歳の頃まで遡ることができる。
僕には三歳年上の姉がいて、みんなは彼女のことをケイちゃんと呼んでいた。僕の過去にはいつも姉の存在があり、彼女の想い出は今でも僕を癒したり、励ましたり、苦しめたりさえする。姉は目鼻立ちがはっきりとしていて、眉毛が濃く、とても意思が強そうな顔立ちをしていた。実際彼女はとてもしっかりした子供だった。学校の成績も良く、学級委員にも何度か選ばれ、責任をもって自分の役目を果たすというタイプだった。彼女はとても面倒見が良くて、幼い頃から僕に勉強を教えてくれたり、よい友達を紹介してくれたりもした。
あの頃、僕らはよく同じふとんの中で寝ていた。夜、僕は姉のふとんの中にもぐり込んでいったり、姉の方から僕の方に入ってくることもあった。彼女はよく僕をきつく抱きしめるようにして眠った。彼女の腕や脚は痩せて少し骨ばっていたけれど、僕はそれに絡まれている感触が好きだった。僕の記憶は、その時に感じた温もりの中から始まっているのかもしれない。
ふとんの中で姉の胸にぴたりと顔を寄りそわせていると、彼女の温かくて歯磨き粉の匂いがする吐息につつまれた。その歯磨き粉の匂いは、僕の周りを今でもただよい続けているような気がする。僕はどこにいってもその匂いがするような感覚を振り払えないのだ。
姉は中学校に上がっても僕といっしょに寝ていたけれど、他の誰にもそのことを知られたくないみたいだった。
「ケイちゃんと一緒のおふとんで寝てるって誰にも言っちゃダメだよ。絶対秘密だからね」
彼女は何度も僕にそう言い聞かせた。ケイちゃんはいつも大人ぶっているから、僕のことをみんなに知られるのは恥ずかしいんだろうな、と当時は子供ながらに姉の気持ちを察しているつもりだった。
でも僕は少しずつ大人になり、彼女の振る舞いの不自然さが目につくようになると、その本当の理由がなんとなく理解できるようになった。これは僕の勝手な想像だけれど、彼女は普通の子供に比べてずっと早熟で、当時から強く自分を意識していたのかもしれない。そして今になって良く考えてみると、彼女は幼い頃からずっと自分の激しい性的渇望や衝動のようなものを、誰にも相談したりできず、抱え続けていたように思える。
ある冬の午後、彼女は学校から帰ってくると突然言い出した。
「ねえ、今からいっしょにお昼寝しようね。いいでしょ?」
その言葉を聞いて、床に寝そべってテレビを見ていた僕は、ポカンと口を開けて彼女の方を見た。外から帰ってきたばかりの彼女の髪は、風でほんの少し乱れていて、顔は白く、固まったように無表情だった。姉の大きな瞳は、まばたき一つぜず、僕をじっと見つめて離さなかった。窓から射し込んでくる薄暗い光りの中に立っている彼女のそんな姿は、これから昼寝でもするという人間のものにはとても見えなかった。
それっきり無言で姉と二人向き合っていると、さっきまで見ていた刑事ドラマの銃声や爆音が、全く場違いな調子で静まり返った部屋の中に響いた。僕はまったく眠くはなかったし、もう少しテレビを見ていたかったけれど、その姉の有無を言わせぬ声の調子に圧倒され、何も言い返せず、仕方なくふとんに入った。
いつものように姉は僕のふとんの中に入ってきて、僕の頭を自分の胸の中にぎゅっと抱きしめた。でもその抱き方はいつもよりずっと力強く、もっと切実なものが込められているような気がした。僕らはしばらく動かずそのままの姿勢でいた。二人の身体はふとんの中を温かくしていったけれど、彼女の指先の冷たさは僕の首の後ろから鋭く突き刺さってくるように思えた。
姉の胸はその頃からすでに少しずつ膨らみはじめていて、体も全体的にふっくらとし、幼い頃の骨ばった感じはなくなっていた。そのことを意識すると、急にこれから何か恐ろしいことでも起こるような気がした。そして僕は彼女と視線が合うのを避けるために目をつぶり、眠ったふりをしようとした。
すると、突然彼女は一つ大きなため息をつき、僕の頭から手を離した。その動きが気になり、僕は思いきって目を開けてみた。
姉は自分のシャツを胸の上までまくり上げていた。目の前には彼女の白い乳房と艶やかな腹部が丸出しになっていた。彼女はもう一度僕の顔を両手で抱え込むようにして、その裸の胸の中に引き寄せた。
僕は何が起こっているのかよく分からないまま、じっと姉のむき出しの胸に顔をつけていた。彼女の心臓が鼓動する音や、そのなめらかで、まるで湯気を発しているように熱く瑞々しい肌の感触が、ゆっくりと心地良く頬に伝わって来た。そしてその中に安らぎを見出すと、僕は目の前で起こっている現実を、やがて理解し、完全に受け入れた。
僕は無意識のうちに姉の身体を抱きしめて、彼女の背中をそっとさすった。すぐ目の前には姉のささやかに膨らんだ乳房があり、その先端に、彼女の小さな胸には少しアンバランスなほど大きく、水ぶくれしたような、思春期の少女独特の乳首があった。
気がつくと、僕はふとんの中で姉の身体に覆い被さるようにしながら、その乳首に夢中になってしゃぶりついていた。でもすぐに、それは口の中で溶けてしまいそうなほど柔らかく、思ったよりもずっと壊れやすい感じがして、強く吸うのを止めた。その代わりに僕は、舌先で神経質なほどやさしく、彼女の乳輪の形をなぞるようにして舐め、次に乳頭をそっと何度も弾いた。姉は苦しそうな顔をして、息を止め、細かく震えていた。彼女の乳首はいつの間にか縮んで、小さく、硬くなった。そして彼女の両手は必死で何かにつかまろうとするかのように、僕の両肩を強く握りしめた。
僕は、そんな彼女の反応に対して、どうしていいのか分からなくなり、彼女の顔を見上げた。
姉は少し決まりが悪そうに僕を見た。
「ねえ、もっと…さっきみたいにいっぱい吸ってよ」
「でも…痛くないの?」
「全然痛くないよ。だから吸って」
「でも、どうして震えたり、苦しそうにしたりするの?」
僕がそう訊くと、彼女は顔を少し赤くさせ、目をきょろきょろと泳がせながら、とぼけたように斜め上の方を見た。僕がそのままどうしていいのか分からずにいると、彼女は少しがっかりしたような顔をした。
「ちょっと寒かったから震えただけ。もういいよ、なんにもしなくて」
そう言うと、彼女はまくり上げていたシャツを降ろし、ふとんから出て黒いセーターをその上に着ると、僕の部屋から出ていった。
本当のことを言えば、僕も彼女の乳首をもっと舐めまわし、それをいつまでも強く吸っていたかった。でもその時の彼女の身体はあまりにも繊細で、敏感に反応し、傷つきやすい感じがして、それに触ることさえ恐かったのだ。
◎◎◎
姉の出ていった部屋の中で、僕は途方にくれていた。
窓から見える部屋の外は、すでに暗くなり始めていた。紫色の雲がどこまでも一面の空を覆い尽くし、所々にある雲の裂け目だけが日の光に貫かれ、炎のような朱色に染まっていた。
僕はなんだか彼女を失ってしまいそうな気がした。ケイちゃんは僕にがっかりして、もう二度と口も聞いてくれないんじゃないかと、不安で、恐ろしい気持ちになった。彼女の身体の温かさや、柔らかさを知ってしまった後では、それは絶対に耐えられないことだった。
どうしたらいいんだろう?と僕は思った。でも、当時十二歳の僕にはどうしたらいいかなんて、知る術さえなかったのだ。ただもう一度、彼女の身体にしがみつき、あの柔らかく、熱く、なめらかな肌を撫で、乳首を吸いたいと思った。僕は激しくそう思った。
その日、僕はずっと自分の部屋から出なかった。
やがて母親が帰ってきて、夕食をとるように言ったけれど、僕は具合が悪いふりをして出て行かなかった。部屋の中はしだいに暗くなり、時計の秒針だけが、静寂の中で時限爆弾みたいに時を刻んでいた。夜も遅くなると、テレビの音は消え、家族の話し声も、足音もなくなり、家の中は物音一つしなくなった。僕はみんなが寝静まった後も、目を覚ましたまま、じっとふとんにくるまっていた。
それから三十分くらいたって、姉がそっと部屋に入ってきた。
「大丈夫?さっきはごめんね、どこか痛いの?」
姉の声はいつものやさしくて、しっかりしたケイちゃんに戻っていた。
「痛くないよ。ちょっと疲れただけ」
「そう、よかった。あのね、お願いがあるんだけど…、あのね、今日のことは…」
「うん、分かってる。秘密にするよ。絶対誰にも言わないよ」
暗い部屋の中では、姉がどんな表情をしているのかよく分からなかった。でも僕がそう言うと、彼女は安心してホッとため息をついたような気がした。
僕は彼女が自分の部屋に来てくれただけで、とても嬉しかった。自分のすぐそばに彼女がいることで、まるでスポンジが水を吸収していくように、自分が満たされ、幸せでいっぱいになっていく感じがした。そして、言葉がごく自然に口をついて出た。
「ケイちゃん。今日もいっしょに寝ようよ」
暗闇の中で、彼女がニッコリと微笑んだような気がした。
「うん、寝よう」
姉が僕のふとんの中に入ると、僕は自分の方から積極的に彼女を抱きしめた。
風呂から上がって間もない彼女の髪は、少し濡れていて、身体は湿り、汗が出るほど熱く火照っていた。僕はもう何も考えずに、彼女の柔らかで、壊れてしまいそうな身体を、力いっぱい自分の腕の中に包んだ。幸いにも、暗い部屋の中では、彼女がどんな表情をしているのかは分からなかった。それに、そんなことを気にして彼女を逃してしまうよりは、力ずくでも彼女を捕え、いつまでも抱きしめていたかった。
僕の胸は高鳴り、息苦しくなって激しく呼吸した。そして彼女のか弱い吐息も、僕の耳元では、世界じゅうに聞こえてしまいそうなほど荒々しく思えた。彼女は抵抗もせず、ただ僕のされるがままになっていた。僕は姉のパジャマの中に手をすべり込ませ、彼女の裸の背中をさすり、そのままその手を移動させ、手探りで彼女の胸の膨らみを探し、それをつかむと、何度も力強く揉んだ。
「は、あぁっ…」
姉がそう言うのを聞いて、僕は反射的に手を彼女の胸からどけた。
「ご、ごめん」
「あ、違うの、もっと触って。あたしのことは気にしなくていいから」
「でも…」
「ねえ、あたし、本当はすごく気持ちいいの。おっぱい触られたりするの。だから…」
彼女は、そのままだまって僕の手を握り、僕らはお互いの指を固く交互に絡み合わせた。
その頃になると、僕の目は暗闇に慣れ、彼女の顔の輪郭や表情がぼんやりと見えるようになっていた。そして彼女も僕の顔をじっと見つめているのが分かった。それは映画で見たキスシーンのことを僕に思い起こさせた。男女が暗がりの中で見つめ合い、お互いの顔を近つけ、ゆっくりと唇を触れ合わせるのだ。
僕は少し迷ってから、息を止め、自分の唇を、不器用に彼女の唇の上に重ねた。姉の唇はとてもふくよかで、柔らかく、少し濡れていた。僕らは目をつぶり、そのまま長い間、じっと動かずにいた。
それが僕の産まれて始めてのキスだった。姉の息はいつもの歯磨き粉の匂いがした。でもそれはいつもとはまったく違った感じがした。それはもう幼い頃の純粋な匂いではなかった。僕はその匂いの中に何か重苦しいものを感じた。それは僕の責任のようなものだった。僕はこれから先、それのために悩み、傷つき、苦しみ、あるいは死ななければならないかもしれないと感じた。僕は恐くなった。
でもそのことについて考えてみる暇もなく、自分の指に絡んでいた姉の指がほどけ、温かい手が、僕の顔をそっと包んだ。彼女は、僕の顔をもう少しだけ自分の顔の方に引き寄せたかと思うと、舌で僕の唇を舐め、それを僕の口の中まで忍び込ませようとした。僕は一瞬ドキリとした。でもそれは僕が求めていたもの、そのものだった。僕の頭の中は、悦びと恐怖とで混乱し、何がなんだか分からなくなってしまった。ただ何処かから押し寄せてくる絶大な黒い波のようなものに身をまかせるようにして、僕らは熱く荒い息を交わし、まるで理性を失った二匹のナメクジみたいに、お互いの唾液にまみれた舌を絡み合わせた。夢中で姉にしがみつき、彼女のパジャマの中をまさぐっている僕の姿は、まるで暗い底無し沼に沈んでいく哀れな小動物みたいだった。
◎◎◎
姉とのキスは、脳味噌がとろけてしまいそうなほど官能的で、病みつきにさせるものだった。
でも僕は何かそれ以上のものを求めていた。それは何か決定的で、最終的なもののはずだった。でも僕にはどうしたらいいのか分からなかった。僕は学校で、ほんの少しだけ性教育のようなものを受けたけれど、その時の教師は、堅い口調と表情で、生物や植物の講習でもしているのかと思った。だから、それが今の自分が置かれている状況と、何ら関係があるとは夢にも思わなかった。
姉は、僕よりはこの状況をよく理解していて、僕がどうするべきかを、なんとなく知っているようだった。でもその夜、彼女は僕にそれを言わなかったし、僕もそれを彼女に尋ねるということを思いつけなかった。彼女は自分の身体を僕に触れさせ、キスをさせ、舐めさせていた。一方で、彼女は自分の身体のある特定の部分だけには、触れられたくないようだった。
「もう、行かなきゃ…」
姉のパジャマのズボンを脱がせ、その中に手を入れようとすると、突然彼女は言った。
「行くって、自分の部屋に戻るの?」
「うん、もう寝なきゃ」
「でもここでも寝れるよ」
彼女は少しの間、困ったように考えていた。そして言った。
「ダメ、お母さんが聞いてるかもしれないし。それにあたし、明日は早起きしなくちゃいけないの」
「嫌だ!」
僕はそう言って、強引に彼女を抱きしめ、彼女の首筋に唇を押しつけ、舌でそこをなぞるようにして舐めた。でも彼女は力を振り絞るようにして、僕の身体を押しのけ、ふとんから這い出すと、静かな声で言った。
「ごめんね。でも今夜は一人で寝て。また今度ね」
そして彼女は素早く、静かに部屋から出ていった。
僕はまた姉を失ってしまった。彼女が最後に、また今度ね、と言ったことだけが、ほんの少しの希望を与えてくれた。僕は独り、暗く何もない空間の中に、自分の身体が溶け、いつのまにか消えてなくなってしまうことを想像し、怖くなった。
でも自分の股間が痛いほど熱く、硬くなっていることに気付き、その恐怖は何処かに消えた。僕は恐る恐る起きあがり、部屋の電気を点け、ドアを少し開けて、隙間から外に誰もいないことを確かめると、そっとそのドアを閉めた。
そしてゆっくり自分のズボンとパンツをずり下ろし、自分のペニスを見た。それは張り裂けそうに硬く、熱く膨張し、紫色の血管が何本か浮き出して激しく脈打っていた。そして、いちばん驚いたのは、今まで僕が見たことのない、赤く、丸いペニスの先端部分が、その周りを包む皮を突き破るかのようにして、半分ほどはみ出していることだった。そのはちきれそうなペニスの先端に指で触れると、その接触点がしびれるような感覚を覚えた。ペニス自体の感覚は、熱病に犯されて麻痺しているような感じで、まるで他の誰かのペニスが、僕の股間に取り付けられているように思えた。
僕はその異変に怯え、すぐ浴室に行くと洗面器に冷たい水を溜め、その中に自分のペニスを浸し、その熱を冷まそうとした。でも、僕のペニスはずっと勃起したままだった。僕はなんとかしてそれを収め、亀頭を皮の中に戻そうと思い、自分のペニスを水で洗い、握りしめると、その皮をこするように押し上げたり下げたりした。
でもそうするうちに、自分の手で亀頭の周りに触れる時の刺激が、奇妙に心地良く感じられ、それが病みつきになった。僕はペニスの皮を力一杯引っ張り下げると、亀頭を完全に露出させた。そして本能にまかせて、右手で自分のペニスを握りながら上下にこすり、左手で亀頭を恐る恐る撫でまわし始めた。
僕は恍惚とした感覚の中で、浴室の天井を見上げ、頭上にある白熱電灯をぼんやりと眺めた。それはまばゆく輝いていて、僕の視界はいつもよりずっとぼやけ、まどろんでいるように見えた。
そんな風にして、自分のペニスを刺激し続けていると、突然、下腹部の筋肉が収縮し、僕はガクンと腰を引いた。はっとして我に帰ると、自分の体内で何かが爆発し、ペニスを内側からくすぐられるような感覚と共に、熱いものが激しくあふれ出そうとしていた。僕はそれを見るのが恐くなり、必死で何かが漏れてしまいそうな感覚を押さえようとした。でもそれは僕の制御を超えた現象だった。ドクドクと波打つ音がきこえてきそうなほど力強く、ペニスの先端から何かが噴き出し、僕の手に、熱く、ねっとりと絡みついた。僕は息を切らせ、身体を熱く脈打たせながら、呆然とそれを凝視した。それは僕が産まれて始めて見た、黄色く濁ってドロドロになった自分自身の精液だった。
僕は自分の部屋に戻り、ふとんの中に入ると、自分の身に起きたことをよく考え、整理してみようとした。でも頭に浮かんで来るのは、浴室のぼんやりとした白熱電灯の光や、濁った銀色の浴槽や、プラスチック製の水色の洗面器のことばかりだった。
そして僕は姉のことを想った。自分の身体に起こったことと、姉とに何か関係があるのだろうかと、僕は思った。それは直接には全く関係ない事のように思えた。でも僕が射精したのは、姉の身体を抱き、キスをし、彼女が部屋から出ていった後だ。彼女の中に、何か答えのようなものがあるのかどうかは分からなかった。でも彼女が僕の肉体に強く影響を与えているのは、疑う余地のないことだった。でも僕は、それ以上考えるには疲れ過ぎていた。そしていつの間にか深い眠りに落ちた。
◎◎◎
次の日の朝、目を覚ますと、またすぐに姉のことを想った。僕はなんだかせつなくて、苦しい気持ちになった。窓の外を見ると、空には雲一つなく、青く巨大なドーム状の屋根が、地球全体を覆っているかのように見えた。小鳥が2羽、仲良く目の前の小さな庭に降り立ち、何かをついばみ始めた。僕の家は、僕の背と同じくらいの高さがあるコンクリートの壁で囲まれていて、玄関から外の道路に出るまでの間に、いくつかの踏み石が敷かれている。
一瞬、セーラー服の上に、昨日の黒いセーターを着た姉がそこを通って出ていくのが見えた。僕は心臓が止まるほどドキリとした。彼女の姿は壁に遮られてすぐに見えなくなった。昨日の事があってから、今までどうりの家族として、姉と顔を向かい合わせて朝食をとることを考えると、それはとても気まずいことのように思えた。彼女も同じように感じて、僕が起きる前に家を出て行ったのかもしれない。でも、この家で生活している限り、いずれ僕らは顔を合わせなければならない。その時、いったいどんな顔をすればいいのだろう、と僕は思った。母親が起こしに来た声で、僕はふと我に帰った。
僕には、何でも包み隠さず話せる友達というものが一人もいなかった。その日、学校で授業を受けている時も、そして休憩時間にクラスメイトと雑談している時も、ずっと誰かに尋ねたい気持ちだった。昨日の夜、僕の身体に何が起こったのかと。あの黄色く濁った液体はなんだったのかと。
でもそんな事を訊けば、みんなにからかわれるだけで、本当に知りたい答えなど返ってくるはずがないのだ。
その日、学校が終わると、僕はすぐに市立図書館に向った。
市立図書館は何十年か前に建てられたもので、そのレンガ作りの外観は古く、周りに植えられた大きな木々は陰を落し、それが建物全体を覆っていた。館内の照明も少し弱い感じで、その日は利用者もほとんどなく、全体的に暗く、とても静かで落ち着ける雰囲気があった。いくつもの巨大な本棚が立ち並ぶその図書館のいちばん奥には、かなりの量の人体に関する本が並んでいた。
しかしその本のほとんどは、僕が求めているものではなかった。僕は途方にくれて、壁にもたれ掛かり、その膨大な数の本をぼんやりと見つめた。すると、他の本に比べて小さく薄い一冊の本が目に止まり、それを手に取ってみた。その表紙のデザインは、青空のような背景を背に、一組の手をつないだ男女の影が、正面を向いて立っているというシンプルなものだった。その本のページをパラパラとめくると、その中には、様々な角度から描かれた、男性器や女性器の図解があり、そこには事細かに説明が付け加えられていた。そして、その本の最後のページをめくると、そこには黄色い紙のポケットが張りつけられていて、その中に一枚の白いカードが入っていた。僕はそれを取り出して見た。そこには、その本を借りた図書館の利用者の名前と、日付けがいくつか書かれていた。そして僕は、その中に見覚えのある名前を発見した。そう、それは姉の名前だった。
ケイちゃんもこの本を読んだんだ、と僕は思った。
その思いに好奇心を駆り立てられ、僕は夕方近くまでその本を読み続け、そこから多くの知識を得た。そしてその本を借り、鞄に入れると、家に向って歩き出した。歩きながら僕は、家に帰ったとしても、姉の前でどう振舞えばいいのだろう、と心配な気持ちになってきた。
そしてまた姉のことを想った。彼女はどんな思いでこの本を読んだのだろう、と。その本を読んだことで、僕は自分の身体に何が起こったのか少しずつ分かり始めていた。恐らくこの本をすでに読んでいる姉も、同じように僕や彼女自身の身体のことについて分かっているのだろう。そして僕がどうすればいいのかについても。
家に着く頃には、空気は肌寒くなり、日は沈みかけ、あたりは薄暗くなっていた。ビルや、家や、電柱の長い影はお互いに倒れ掛かるように重なり合っていた。遠くから見ると、家の前には、誰かが壁に寄りかかるようにして立っているようだった。それは姉だった。僕が少しドギマギしながら近ついて行くと、うつむいて小石を蹴っていた彼女が、僕の方を見上げ、やさしく微笑んだ。その微笑みは、なんとなく力のない感じがした。彼女は夕日に照らされて、少しまぶしそうに目を細めた。かすかな風になびいている彼女の真っ直ぐな髪が、空中で柔らかく舞い、赤く輝いているように見えた。僕はそんなに綺麗で、せつない姉の姿を見て、しばらく呆然としてしまった。そしてやっと、思い出したように微笑み返した。
「おかえり」
最初に彼女が口を開いた。
「うん…」
「いつもより遅かったから心配してたんだよ」
彼女の顔は少しうつむき加減だったけれど、その目は何かを尋ねたそうに僕の方を見つめていた。恐らく彼女は、今まで僕が何処にいたのか知りたかったのだろう。僕は少し迷ってから言った。
「ちょっと、図書館にいって調べ物してたんだ」
「…そう、えらいね。宿題なら手伝ってあげようか?」
「違うんだ。ねえ、ケイちゃん。訊きたい事があるんだ。でも…」
そう言った後、僕はなんと言って良いのか分からなくなって黙った。すると何かを察したように、かすかに彼女の唇が動いた。
「いいよ、あたしの答えられることなら答えてあげる。でもとにかく今は家に入ろ。おかあさんもご飯作って待ってるよ」
その日、僕らは普通の家族のように夕食をとることができた。自分がどう振舞ってよいか分からないほど緊張したのは、単なる杞憂だったように思えた。姉と少し話したことで、僕らの間のわだかまりは解け、あまりお互いの身体のことや、昨日の夜の事を意識し過ぎずにすんだからだ。
その夜、図書館から借りてきた本の続きを部屋で読んだ。僕は自分の身体と、女性の身体についてそこから多く学んだ。自分の問いと、その本の中にある答えは、不器用なテニスの試合のように、なんども行ったり来たりしながら、互いの存在を助け、埋め合った。
僕は姉と同じ知識を共有することで、自分が少し大人になったような気がした。思春期の子供というものは、いつも変化の途中にあり、不安定で、混乱しているはずだ。でもその時の姉は、少なくとも表面的には、ずっと大人で、変化を受け入れていて、僕みたいに怯えてはいないように見えた。そんな彼女の姿は、僕をなんとなく安心させた。
◎◎◎
夜遅くその部屋のドアをノックすると、ドアはゆっくりと内側に開き、暗い廊下に光りがあふれ、その中に姉が立っていた。彼女は薄手の黄色いセーターを着て、スリムなブルージーンズをはいていた。彼女がやさしく微笑むと、ピンク色で少し厚めの唇の両端に、小さなえくぼができた。彼女は何も言わずドアを開けたまま、僕を部屋の中に入るように促がした。僕は少し緊張しながら彼女の部屋に入った。
中にはベッドと大きな机があり、その机の上には何冊もの本が所狭しと置かれていた。窓にはかなり大きめで厚い茶色のカーテンがかかり、その色と模様は、なんとなく枯れた樹木の皮を想わせた。部屋の白い壁には大きな円い時計と、ごくシンプルなカレンダーが掛かっているだけだった。そんな姉の部屋は何か重苦しい雰囲気を漂わせていた。
彼女はドアを閉めると、僕が手に持っている本に目をやった。
彼女の濃く長いまつげは、その視線の方向を静かに、でもはっきりと語っていた。彼女は黙って腕を伸ばし、その本をそっと僕の手から取り上げ、それを見ることもなく、そのまま机の上に置いた。
彼女はそっと僕の手を取り、ベッドへと導いた。僕らはそのベッドの上に寄り添うように腰掛けた。彼女は甘い香水の匂いがした。ふと、ケイちゃんは僕のことを待っていたのかもしれないと思った。
姉の身体にぴったりとした黄色いセーターが、彼女のささやかな胸の膨らみを強調していた。僕は昨日の事を思い出した。彼女の乳房の柔らかさが、記憶の中で鮮明に蘇った。僕は息を呑んだ。
彼女は僕の肩をやさしく抱いて、自分の方に引き寄せた。まるで魔法にかけられたように、僕の体は固まって、動かなくなった。僕の膝の上に、彼女の白く綺麗な形の手がそっと乗り、まるで猫を愛撫するように、そこをしばらくさすった。彼女は僕の不自然な股間の膨らみに目をやって、また僕の顔を見つめた。僕は恥ずかしくて顔が熱くなった。
「かわいいのね…」
彼女は目を細めて微笑んだ。
それから彼女は僕の首筋に何度もキスをした。彼女の生温かく甘い息が、僕の首の周りをくすぐった。そして彼女の冷たい手が、僕のスウェットシャツの裾から、ゆっくりと中に入って来て、僕の胸を撫でまわし始めた。
「あの本… 読んだのね。どう思った?」
彼女は冷たい指先で、僕の乳首をつまんで、耳元にささやいた。僕は思わず吐息を漏らした。
「あたしね、いつも思ってたの。あなたのこと、こんな風に触って、いたずらしてみたいって」
そう言うと、彼女はつまんでいた僕の乳首を、力いっぱいつねった。僕は声が出そうになって、それを必死で押さえた。
「キスして。昨日みたいに…」
それは、もう昔のケイちゃんの声ではなかった。それは低音で艶のある、淫らな女の声だった。
僕は彼女の唇に自分の唇を強く重ねた。彼女の柔らかくふっくらとした唇が開き、その間から温かく湿った舌が伸び、僕の舌と触れ合った。そのまま僕らはお互いの濡れた舌を、必死で求め合い、絡め合った。二人の唇の間で唾液が糸を引き、一瞬きらめいて、それがぷつりと切れた。僕らはお互いの目をじっと見つめ合った。
僕の心臓は張り裂けてしまいそうなほど高鳴っていた。
僕は彼女の肩を抱き、そっと押してベッドの上に倒した。それから彼女のセーターをゆっくりとまくり上げた。白く小さな二つの乳房が、明るい光りの中にさらされた。僕はそれを両手で包み、揉みほぐした。
「あっ、あぁ…」
彼女は目をつぶり、唇をかすかに開き、二本の白い前歯を見せて、荒く息をした。姉がそんな風に息を荒げる姿は、まるで異国の官能的な求愛の踊りのように見えた。
僕は彼女の体に覆いかぶさり、彼女の乳首を口に含むと、それを吸い、舐めまわした。そしてそれが充血し、硬くなると、それを噛んだ。
「あんっ…」
彼女は僕の背中に爪を立てた。
僕は左手を彼女の背中にまわして抱くと、右手で不器用に彼女のズボンのボタンを外し、ファスナーを降ろした。そしてそのままその手を彼女のジーンズの中へ、ゆっくりと、蛇のようにすべり込ませた。
姉は震えていた。彼女は下着を着けていなかった。僕は少し迷い、手を止めて、同意を求めるように彼女の目を見つめた。彼女はただ頷いただけだった。僕は彼女の柔らかな陰毛に指を絡めた。そして、あんなに幼かった昔の姉と、もうこんなに成長して変わり果てた今の姉の姿を重ねて考えると、彼女の力強い生命力に圧倒され押しつぶされるような気がした。
僕は彼女の性器を手で覆い、その柔らかい傷口のような割れ目の中にそっと指を沈めた。そこは温かく濡れていた。僕が姉の膣の場所を探し求めて指をさまよわせると、彼女は更に息を荒くし、身をよじらせて悶えた。
姉は僕のベルトを手際良く緩めると、僕のズボンの中に温かい手を入れて、硬くなった僕のペニスを握った。彼女はもう片方の手で、自分のジーンズを何度も押し下げるようにして脱いだ。
僕は彼女の太ももの内側を撫でながら、両脚を開かせた。そしてペニスを彼女の性器にぴったりと押しつけた。彼女は僕のペニスを握りなおすと、それを導くように、ゆっくりと自分の膣の中に挿入させた。僕はペニスを根元まで押しこんだ。彼女の膣の中は熱く、柔らかく、力強く鼓動しているように思えた。
「んっ、んっ、んん」
彼女は自分の声を押し殺すように、僕のスウェットシャツを引っ張って、自分の口の中に入れ、それを強く噛み締めた。彼女のよだれと熱い息で、そのシャツの肩の部分がじっとりと湿った。僕は姉を抱き、彼女の首筋に唇をつけ、甘い香水の匂いを嗅ぐように彼女に寄り添うと、ゆっくりと自分の腰を動かし始めた。
彼女は目に涙を溜め、まつげを濡らし、眉間にしわを寄せて、僕のシャツを更に強く噛み締めた。僕は彼女のそんな反応に驚いて思わず訊いた。
「ケイちゃん…大丈夫?」
彼女は目をつぶり、シャツをくわえたまま、僕の腰をしっかりと抱いて深く頷いた。
僕のペニスは彼女の中で温かく、やさしく包まれていて、亀頭は膣のぬめりの中で圧迫され、何かを絞りだされようとしていた。僕はもうその感覚を離したくはなかった。例え彼女が痛がっていたり、苦しがっていたとしても、もう後戻りはできなかった。
自分の後頭部の方から、黒く大きな波が押し寄せたり、引いたりしている感じがした。僕はその波長に合わせるように、腰を動かした。姉は濡れた目で、せつなそうに僕を見つめていた。僕はそんな彼女がとてもいとおしくて、やるせなくなった。そして彼女が壊れてしまいそうなほど強く抱きしめると、彼女の中で激しく腰を突き動かした。僕の亀頭はもう張り裂けそうなほど熱くなり、それが限界に達したような気がして叫んだ。
「ケイちゃん!!!!」
僕は激しく射精し、精液を最後の一滴まで彼女の中に注ぎ込んでいた。
◎◎◎
次の日の朝、雨の降る音で目が覚めた。
部屋の時計は午前五時半頃を指していた。隣には姉が静かな寝息をたてて眠っていた。僕は薄暗い部屋の中で雨の音を聞き、天井を見つめながら、昨夜起こったことについて考えてみた。
僕とケイちゃんは性交してしまったのだ、と思った。性交をすれば女性が妊娠するという事は知っていた。でもそれと、昨晩僕らがしたことは、何の関係もないように思えた。僕は姉のことが好きだった。彼女の身体に触れたかった。でもそれと子供を作ることとが、どうして同義でなければならないのだろう。
それから僕は自分と姉の将来のことについて考えた。僕らはいったいどうなるのだろう、と。でも僕には特別何も思いつけなかった。ただ僕は学校に行き、進学し、就職して、そのまま押し流されるように大人になり、そしていつか死ぬんだと思った。
僕と姉はその後何度も性交した。でも彼女は妊娠しなかった。彼女は僕と始めて性交した時から、避妊していたのかもしれない。それに、その時すでに彼女には処女膜がなかった。以前に性交の経験があったのか、または彼女が自分で自分の性器に何かを入れていたのだと思う。
姉は高校に上がってしばらくすると、僕と距離を置くようになり、もう僕に彼女の身体を触れさせたりしなくなった。それに反して彼女の身体は、まるで僕を誘惑するかのように成熟していった。彼女の胸は更にまた少し膨らんで、ブラウスやセーターの胸元を押し上げ、白い首筋は長く、力強くなり、今までとは違った色気を漂わせ始めた。陸上を始めた彼女の脚は、太ももからふくらはぎにかけて、柔らかく形の良い筋肉が着き始め、足首は締まり、まるで何かに引っ張られたように細く伸びていた。
ある夏の日の午後、姉は体にぴったりとしたピンクのTシャツと白い短パン姿で、縁側に座り、うちわで気持ち良さように自分を仰いでいた。長めの髪は頭の後ろで丸めるように束ねられ、そこからこぼれた幾筋かの髪が細いリボンのように風の中でくるくると揺れていた。
そんな姉を見ていると、僕は押さえきれない衝動に駆られた。思いつける限りの、ありとあらゆる淫らな行為を、彼女の健康的な脚や、乳房や、性器に対してしてみたいと思った。そしてその夜、僕は彼女の部屋に行った。
僕と姉が部屋で二人きりになると、彼女は、まるで警戒して僕との距離を取るように窓際まで行き、窓を開け、そこに腰掛けた。僕は恐る恐る訊いた。
「ケイちゃん、どうして急に僕を避けるようになったの?」
僕は黙って窓の外を見ている彼女の横顔を見つめた。それは僕に早く部屋から出ていって欲しいと言っているように見えた。彼女は少し困ったようにうつむきながら、僕を見ないように目を伏せて言った。
「避けてるんじゃなくて、ただそんな気分にならないだけなの」
彼女はまたしばらく考えてから、やっと何かを決心したかのように口を開いた。
「あたし、ボーイフレンドができたの」
僕はその意味を理解するのに何秒かの時間が必要だった。
「じゃあ、ケイちゃんはその人と…」
僕はそこまで言って、口をつぐんだ。
沈黙の中で、彼女は少し赤くなって頷いた。
暗い穴の中に、何処までも落ちていくような気持ちがした。めまいがし、まともに立っているのもやっとだった。いつかこんな日が来ることは分かっていたはずだった。でも現実にそれを受け入れるのは、それを理解することほど簡単ではなかった。僕はまるで姉が捨てた、おもちゃの人形になったような気がした。もう彼女はそれでは遊ばなくなり、その人形の存在意義は消えたのだ。
姉は高校を卒業すると、東京の大学に進学し、その後めったに家には戻らなくなった。彼女は僕とは何の関係もない世界で、自分の人生を生き始めた。彼女はそこで、僕が今も苦しんでいるのを知っているのだろうか?例え知っていたとして、彼女はそれをどう思っているのだろう?あるいは彼女は僕がいたことを、憶えてさえいるのだろうか?
僕はその後何年かを、誰からも、何の助けも得ることもできず、ただ苦しみぬいて生きた。そして今でも初めて姉とキスし、身体を触れ合わせた時の感動を取り戻そうとしているような気がする。でもそれはもう二度と戻ってはこない感覚なのかもしれない。
僕は一つの分岐点に立っているようにも思える。彼女の影を追い求めるのか、それとも…。それとも僕はどうしたら良いのだろう?他にどんな選択肢があるというのだろう。例えいくつかの選択肢があったとして、それを選ぶことが可能だったとして、いったいそれにどんな意味があるというのだろう。
僕は未だに彼女のことを想い続けている。それがどんな結果をもたらすとしても、彼女への想いが消えるまでは、僕にはそれを止めることなんてできないのだ。
完